「胃ろうはイヤだ」のは家族のエゴ!療養病棟で見た経鼻経管の実態から思うこと

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デイリー新潮のウェブ版で、このような記事が流れていました。

「胃ろうだけはやらせたくない」 在宅介護をするライターの背中を押した経験――在宅で妻を介護するということ(第4回)」(2020年7月16日配信)

記事の内容をざっとかいつまむと次のような感じです。

  • 68歳の夫(フリーライター)が62歳の妻を在宅介護している
  • 妻は”当面の間、経口摂取は不可能”となっている
  • 両親がいずれも胃ろうを造設して”生ける屍”と化して死んでいった経験から、妻には胃ろうを造設せず、経鼻経管栄養とした
  • そのため、訪問診療を引き受けてくれる医師の選定に難航した(最終的には見つかった)

この記事を読んだ率直な感想は「経鼻経管でも生ける屍と化すし、今後の事を考えると経鼻経管ではあまり未来は明るくない。この夫のエゴで妻を苦しませるのか?」です。
経鼻経管や胃ろうの患者を療養病棟で5年間看てきた私が思う、経鼻経管栄養、さらにはそもそも経管栄養とはどう言うものなのかを書いていきます。

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経管栄養とは?

経管栄養とは、ざっくり言うと、「口から食べることが困難になった人に対して行う栄養補充の方法(の一つ)」です。
具体的には、なんらかのチューブを使用して胃または小腸へ直接、流動食を注入します。
多くの場合は胃へ送り込むことがほとんどですが、胃を切除していたりする場合には小腸へ送り込む場合もあります。 (1)私自身は、小腸へ送り込むケースは経験していませんが……
また、チューブを介して栄養を補充するという部分から、中心静脈へカテーテルを留置して行う高カロリー輸液を含む場合もありますが、今回は省きます。

流動食とは?

流動食は、栄養素のバランスや浸透圧、濃度などを調節されている、液体〜流動体の食事です。
私が患者さんの家族に説明するときは「液体のカロリーメイトが近いと思います」って言っていました。
基本的には食品なので、健康な人でも飲むことができます。
場合によっては、本来は飲み物として売られているものを注入するケースもあります。 (2)例えば、テルモのF2αという商品は飲みものとして売られていますが、私が勤務した病棟ではこれを注入していました。

方法は大きく分けて実質2種類

注入方法は大きく分けて「経鼻経管」と「胃ろう」の2種類です。
このほかに「腸ろう」がありますが、これは胃ではなく小腸に流動食を送り込む方法です。

経鼻経管

経鼻経管は、鼻から胃までチューブを留置し、胃に流動食を送り込む方法です。
この方法は、手術は不要で、医療的処置としては比較的簡単な方法です。
比較的健康な人でも、例えば大手術を行ったあとに、自分で食事が摂れないような状態の人に対して行うケースもあります。

経鼻経管の場合、チューブを留置しておく場合がほとんどです。半永久的に使えるわけではなく、放っておくと内部が腐敗したり、チューブの柔軟性がなくなってしまうため、2週間〜1ヶ月毎に交換します。交換に関しては、家族が行う事もケースによっては可能です。

胃ろう

胃ろう(胃瘻)は、身体の表面、お腹から胃袋まで直接穴を開けて、胃に流動食を送り込む方法です。
ただ、穴を開けると、身体はそれを傷と判断してしまい、放っておくと閉じてしまうため、何らかの方法(チューブやバンパー)を留置しておきます。これらのチューブやバンパーは定期的に交換する必要がありますが、バンパーに関して言えば経鼻経管よりも長期間(半年〜1年)留置が可能です。一方で胃ろうを造設する際は簡単な手術(内視鏡手術)が必要で、数日間の入院が必要なりますし、交換も、胃ろうが造設できる病院でないと行う事ができません。 (3)私か勤務している病院は胃ろう造設や交換は行えないため、他院へ紹介していました。

経鼻経管栄養は患者に対する負担が胃ろうよりも遥かに大きい!

経鼻経管での患者に対する負担は大きいものです。
だって鼻からチューブを入れるんですよ?苦しいに決まってるじゃないですか。
施設や病院では、恐らく在宅でも、毎回チューブを入れるのは患者に対して多大な負担を強いること、さらには金銭的にも普段が大きくなることから、一度挿入したチューブは通常留置したままになります。
こうなると、見た目的に違和感がある状態(鼻からチューブが出ている)ですし、本人も鼻に異物感を感じ続け、その結果としてチューブの自己抜去に至るケースが散見されます。
また、胃にきちんと留置されているかの確認がしにくく、嘔吐反射によってチューブが自然に抜けてしまうケースもありますし、チューブの先端がずれていて肺に誤注入してしまう危険性もあります。
さらに、経鼻経管のチューブは胃ろうに比べると細い場合が多く、液体の流動食であればともかく、胃に留まりやすいような少し粘度の高い流動食ではチューブに詰まってしまうことがあります。
チューブが詰まってしまうと交換しなければなりません。定期的な交換にしても2週間から1ヶ月毎と、胃ろうに比べれば頻繁であり、しかも挿入には毎回苦痛を伴います。

正直な所、一時的に行うのであればともかく、医学的な事情なしに (4)胃を切除していたり、過去の手術の影響で胃ろう造設が困難だったりするなど 経鼻経管を中長期的に行うのは、患者に対して多大な苦痛を強いるため、本人が望む場合を除いては行うべきではないと思います。

経口摂取も経鼻経管では絶望的

また、将来的に経口摂取を再開させたい場合、経鼻経管のチューブを留置したままでは経口摂取は事実上不可能です。
解剖学的な話にはなりますが、鼻から胃へチューブを通すと言っても、喉の奥(咽頭)から先は口から食べる場合と同じ経路(食道)を辿ります。
そして、喉頭で食道と気管が分かれますが、食道にチューブが留置された状態で口から摂取すると、食べ物や飲み物が誤って気管へ入ってしまうリスクがかなり高くなります。
このため、嚥下訓練が行いにくく(行うためには毎回チューブの抜去が必要)、短期間で経鼻経管栄養を終える場合を除けば、口からの摂取の再開が絶望的になってしまいます。

胃ろうであれば、将来的な経口摂取の可能性が出てくる!

さて、胃ろうではどうでしょうか。
胃ろうの場合、お腹から穴を開けて流動食を送り込んでいますので、口から胃までの経路には邪魔なチューブは存在しません。
胃ろうの関係で、胃と腹壁は固定されていますが、これは胃の動きという意味ではそこまで大きな影響はありません。
そのため、胃ろうから栄養補給しつつ、嚥下訓練を行い、経口摂取へと繋げていく事ができます。

実際、胃ろうによって経口摂取を取り戻した人もいます。
私の勤務した療養病棟の患者さんでは、以前に食事摂取困難で嚥下も極めて悪く、胃ろう造設して経管栄養を行っていました。しかし、嚥下訓練も行った結果、経口摂取ができるようになり、私が勤務していた時には粥や刻み食ではありますが、自分で食事を食べていました。
また、別の患者さんでも、経鼻経管を行っていたときは、精神的に不安定で、チューブを数限りなく抜去していましたが、胃ろう造設したことによって徐々にアイスやプリンといったものを楽しみ程度で摂取することができるようになり、精神的に落ち着きを見せるようになった方もいます。

将来的に経口摂取を考えるのであれば、胃ろうを造設した方が、可能性が開けると言えると思います。

どの方法を取っても「栄養を注入する」本質は同じ!

胃ろうにしても、経鼻経管にしても、胃に直接栄養を注入するという本質的な部分は同じです。
そのため、経鼻経管であっても「生ける屍」と化す患者はいます。
私が勤務した療養病棟でのケースでは、10年以上も経鼻経管で寝たきりですごした患者がいました。
話したりすることはできなくなっていましたが、毎月のチューブ交換のたびに苦しそうな表情をするのが辛かったです……

「胃ろうは悪、経鼻経管は良い」と考えている人は、本質を見ていないのでは無いかなと思ってしまうのです。
経路がどうであっても、流動食という栄養剤を胃に送り込むという部分は全く同じです。
胃ろうが延命治療だと言うなら、経鼻経管だって延命治療です。本質的には何も変わりません!
もちろん、胃ろうは手術が必要ですし、金銭的な負担も大きくなるかもしれません。
しかし、鼻から異物を挿入して苦痛を感じたまま生活する苦痛を考えると、胃ろうの方がQOL(生活の質)は上がるのではないでしょうか。

胃ろうの方がよいが、まずは健康なうちに家族で話し合っておくべき

これまで述べてきたことから、私は、経鼻経管よりは胃ろうの方がよいと考えていますが、そもそも、口からものを食べることができなくなった時点で生物としては死ぬしかない状態ですよね。
そう考えると、流動食を胃に送り込んで命を長らえることが果たしてその人のためになるのかを考えなければならないと思います。
病気や事故はいつ起こるか分かりません。
今回のデイリー新潮のライターの奥様も比較的若くして介護が必要な状態になっています。
健康なうちに家族で「経管栄養が必要と言われたらどうして欲しいか」「延命治療をそもそも望むのか」を話し合い、認識を共有しておくべきだと思います。

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