ファジの周りで遊ぶ人がファジ(の歴史)を紹介するだけの記事

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※この記事は「はんドンクラブ – その2 Advent Calendar 2022」の9日目の記事です。

アドカレ経由で来られた方ははじめまして。そうでない方もきっとはじめまして(?)
自称はんドンクラブファジサポ部のこばしつばさです。
アドカレにかこつけて、我が地元岡山県が誇るサッカーチーム、ファジアーノ岡山を紹介しようと思います。

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免責事項

この記事は「ファジの周りで遊ぶ」をモットーにしているこばしつばさが一部独自の解釈を加えた上で書いています。
そのためクラブ公式とは違う内容があるかもしれません。数字などの正確性には気をつけていますが、誤りがあるかもしれません。
あくまで一ファン・一サポーターの認識、戯れ言としてお楽しみください。

ファジアーノ岡山とは

(岡山ちほん 「ジェイのお仕事」より)


ファジアーノ岡山は瀬戸内の田舎の大都会である岡山県にある、Jリーグに加盟しているサッカークラブです。
2023年シーズンは15年連続15回目のJ2リーグを戦います!ちなみに15年連続J2リーグ所属というのは、現在J2リーグ所属クラブの中では2番めに長いそうです。(1)水戸ホーリーホックさんが一番長い

試合開催日のシティライトスタジアム前広場

ホームスタジアムは岡山市北区いずみ町のシティライトスタジアム(Cスタ)

ネーミングライツで、岡山県総合グラウンド陸上競技場「桃太郎スタジアム(桃スタ)」から、「kankoスタジアム(カンスタ)」を経て、現在のCスタになりました。
所在地は北区ですけど、岡山市は北区が中心市街地。CスタはJR岡山駅の西口(運動公園口)から徒歩20分くらいで着きます。新幹線のぞみが停まる駅から徒歩圏内のスタジアムはそんなにない (2)新横浜駅から歩ける横浜F・マリノスの日産スタジアムと、小倉駅のすぐ近くのギラヴァンツ北九州のミクニワールドスタジアム北九州くらいかな… ので、アクセスの良さが自慢の一つのスタジアムです。ただし駐車場は少ないです…ホームゲーム開催日には近くの病院などの駐車場が予約制で停めれたりしますが…このあたりは別項目であつかいます。

ファジアーノってどう言う意味?

ファジアーノはイタリア語で雉(キジ)をあらわす「fagiano」から来ています。
雉は岡山県の鳥に指定されています。
さらに岡山と言えば桃太郎伝説ですよね。桃太郎に出てくる鳥の雉でもあります。雉が鬼退治で活躍したことにもちなんでいます。
ネット上では「雉」でファジをあらわすこともありますね…
エンブレムにも雉が大きく羽ばたく様子が描かれています。こらそこ、雉は飛ぶのが苦手な鳥だとか言わない。

ぶっちゃけファジって強いの?

強いです!最強です!…と言いたいのですが、2004年の結成以来、最高順位はJ2リーグ3位(2022年)なので、客観的に見たら強豪とまでは言えないかもです…
2009年のJ2リーグ昇格以降は大抵22チーム中10位前後をいったりきたりという感じです。
ということでJ1昇格が当面の目標です!

ファジの親会社ってどこなん?

ファジアーノ岡山には親会社はありません!

ファジのユニフォームにはGROP(人材派遣会社)やアン・ドゥー(衣類製造・販売)、岡山信用金庫などのロゴが書かれていますが、どの会社も親会社ではなくスポンサー企業という立場です。
公式サイトのスポンサー企業一覧ページには本当にたくさんの企業名が並んでいます。なかには全国的に有名な岡山の企業も含まれています。 (3)紳士服のはるやまとか、ベネッセとか、クラボウとか、マスキングテープのカモ井加工紙あたりは割と名前が通ると思うのですが…GROPも最近は全国的にCM放送してるみたい…
こういったスポンサー企業からの広告料収入と、入場料収入、Jリーグの分配金が収入の軸となっています。

ちなみに親会社はありませんが、オーナーはいます。現在のオーナーは前社長で筆頭株主でもある木村正明さんです。

ところで、ファジの歴史を見ていくと、“ある企業”の名前が出てくるのですが…それは歴史の項目に譲ります。

ファジの歴史を語る

ファジアーノ岡山の母体となったのは「リバー・フリー・キッカーズ」というクラブなのですが、これを語るにはある一つの企業クラブを紹介せねばなりません。
と言うことで、ファジの歴史を振り返ります(この記事の本編)

倉敷から神戸に移っていった「川崎製鉄水島サッカー部」

1966年に倉敷市水島にある川崎製鉄水島製鉄所のサッカー部としてあるクラブが創部されました。それが「川崎製鉄水島サッカー部」(川鉄水島)です。シンボルカラーは赤、本拠地は倉敷市です。
川鉄水島はしばらく岡山県リーグで戦っていましたが、1978年に中国リーグ、1986年にJSL(日本サッカーリーグ)2部へ昇格。1993年のJリーグ開幕時にリーグが改組されて以降はJFL(ジャパンフットボールリーグ)の2部に所属し、岡山県内では強豪クラブとして存在していました。なお倉敷市が本拠地ではあるのですが、JFL時代にはスタジアムの関係で岡山市の岡山県総合グラウンド陸上競技場をホームスタジアムとして使用しています。
しかし1994年3月。「神戸にプロサッカーチームをつくる市民の会(オーレKOBE)」の誘致活動と川鉄本社の意向によって川鉄水島の神戸への移転が決定。1995年1月に実際に移転、ヴィッセル神戸となったのでした… (4)移転直後に阪神淡路大震災で大変な事になったそうですが、ヴィッセルの話なので…

岡山に残った“川鉄2軍”こと「リバー・フリー・キッカーズ(RFK)」

一方、1975年に川鉄水島サッカー部のOB有志によってとあるクラブが設立されていました。それが「リバー・フリー・キッカーズ」(RFK)です。RFKは川鉄水島ではプレイできなくなった選手や怪我人、川鉄水島でのレベルに達していない選手などの受け皿となり、実質的に川鉄水島の2軍(あるいはセカンドチーム)として機能し、岡山県リーグで活動していました。
川鉄水島が神戸に移転したとき、RFKは水島に残ります。これは川鉄本体からは独立した運営を行っていたからだそうです。しかしRFKはしばらくヴィッセルから退団した選手や故障者などを受け入れたり、ヴィッセルが水島に残していった育成組織などを引き継いだりしていました。
そのため、RFKもまた川鉄水島の流れを汲むクラブなのです。

RFKからファジへ、そしてJの舞台へ

真ん中がおかやま国体のマスコットキャラクターだった「ももっち」(現在は岡山県のマスコットキャラクター)
ちなみに撮影したのは鳥取のとりぎんバードスタジアム(現Axisバードスタジアム)

さてそんな中、岡山県である一大イベントが開かれることになりました。2005年に開かれた第60回国民体育大会「晴れの国おかやま国体」です。
国体に向けて、サッカーも強化していこうと言うことになりました。その流れもあり岡山県サッカー協会は既存のチームを中核としてJリーグを目指す方針を2001年5月に決めています。

そして2003年。

当時岡山県リーグ1部だったRFKを中核としてファジアーノ岡山FCが結成されました。

当初のエンブレム

翌2004年からRFKはファジアーノ岡山としての活動を開始します。当時はNPO法人岡山ヒューマンスポーツクラブの運営でした。この段階で川鉄(2002年にJFEスチールに変わっています)やヴィッセル神戸との関係は完全に切れた…んだと思います。多分。

2004年は山下立次監督の下で岡山県リーグ1部優勝、鳥取キッカーズFCとの入れ替え戦に勝ち中国サッカーリーグへ昇格します。
2005年は中国リーグ2位ながらJFL(日本フットボールリーグ)への昇格を決める全国地域リーグ決勝大会(地域決勝)へ出場します。しかし1次リーグ敗退…決勝ラウンドは岡山開催だったにもかかわらず…

2006年中国リーグ優勝、2年連続で地域決勝出場しますが、決勝ラウンド敗退
この年、岡山ヒューマンスポーツクラブは株式会社に改組され「株式会社ファジアーノ岡山スポーツクラブ」となります
そして、代表取締役社長にゴールドマン・サックス執行役員の木村正明さんを引き抜きます!…というより、木村さんは元々岡山出身で、NPO法人の専務理事だった友人に口説かれたらしいです。木村さんに関してはそれだけで一つ記事が書けるくらいの方なので、これくらいに…
木村さんが社長になったときのファジは資本金が500万円で負債が1000万円以上、スポンサーは6社、年間の予算は400万円とプロクラブなのかこれは…という状態だったようです…
一方、2006年のホームゲームの平均観客動員は2265人を記録しています。


そして2007年、監督は手塚聡監督に代わりましたが、中国リーグ2連覇し、地域決勝出場。決勝ラウンドを1位でフィニッシュし、見事JFL昇格を果たします!しかもスポンサー200社、年間収入9000万円になりました!さらにこの年、Jリーグ準加盟も果たします!地域リーグ所属クラブとしては史上初でした!
この2007年にJFL昇格ができなかったらクラブが無くなるかも知れないという話がでていたそうで、それくらいギリギリだったようです。ホームゲームの平均観客動員も3165人、最多入場者数は9262人を記録しています。
ちなみにこの年、ファジの故障選手や退団選手を受け入れた金光薬品 (5)かなみつやくひん、岡山県内に店舗を構えるドラッグストア・薬局のチェーン サッカー部(当時岡山県リーグ1部)が名前を「R.K.クラシック」(RKC)と名前を変えています。Rは「リバー・フリー・キッカーズ」、Kは金光薬品です。リバー・フリー・キッカーズの名前がイニシャルとして復活した形になります。 (6)ただしRKCは元々岡山理科大学附属高校のサッカー部OBのチームのため、「Ridai(理大)Koko(高校)」の意味もあるという説もあります。 RKCは2022年現在も活動を続けています。

そしてJFLで戦った2008年。「FROM OKAYAMA TO J LEAGUE」のスローガンを掲げ、J2昇格を賭けて戦いました。シーズン最終戦のアウェーカターレ富山戦。試合は引き分けでしたが、昇格圏内の4位を争っていたガイナーレ鳥取が敗れたためJFL4位が確定。平均観客動員も昇格要件の3000人をクリアする3664人を記録(最多入場者数は11053人)し、J2昇格を決めました!

この試合の前にカターレ富山はJ2昇格を決めていたこともあり、試合後には「俺達と共にJリーグへ行こう」と歌ったそうです。
またこの年は天皇杯の県予選を優勝し天皇杯本戦に初出場します。(3回戦敗退)

J2での戦い~降格なきJ2、劣悪な練習環境の中で~

2009年5月9日アウェー岐阜戦にて

J2初参戦の2009年。当時はまだJ2からの降格はありません。しかしながら18チームが3回戦総当たりで各クラブ51試合戦うというとんでもないシーズンでした。
年間通してわずか8勝。勝ち点はたった36。優勝したベガルタ仙台には勝ち点差70をつけられ最下位と言うシーズンでした…手塚監督はこの年をもって退任します。
しかし、ファジのJ2昇格は全国にいる岡山県出身者にとって希望にもなったはずです。当時岐阜に住んでいた俺がそうでした。とはいえ、この試合、個人的には2試合しか見ていません…初観戦はアウェーの岐阜戦 (7)当時住んでいた家から岐阜のスタジアムはチャリで行ける距離でした でしたが0-4…9月に桃スタで試合を見てから、その次は2011年まで試合を見に行っていません…

またこの年にはセカンドチームである「ファジアーノ岡山ネクスト(ネクスファジ)」が誕生しました。 (8)ネクスファジに関しては、この記事の後半で思い出を語ろうと思ったのですが、しっちゃかめっちゃかになってしまったので機会をあらためます…いつになるやら。
あ、あとこの年の第44節の栃木SC戦で、当時のJ2最低記録である観客動員数615人を記録しています。確か桃スタが使えなくて鳥取のとりぎんバードスタジアムを使ったらしいんですが、水曜日の開催かつ台風接近でほとんど来れなかった…みたいな話だったと思います。 (9)2020年にコロナによる観客動員制限と悪天候、平日開催のコンボでこの最低記録は更新されています。でもコロナがない場合の最低観客動員記録は未だに615人のはず……
とはいえ、この年の平均観客動員数は6162人でした。JFL時代の倍…!

2010年。ヘッドコーチだった影山雅永さんが監督となったこの年。9月下旬に東京大学在学中の久木田紳吾選手を特別指定選手として獲得(翌年入団)。東大生初のJリーガーが誕生しました。なおシーズンは19チーム2回戦総当たりで36試合中8勝しかできず17位に終わりました…が、この年は年間1勝しかできなかったクラブ (10)ギラヴァンツ北九州 があったのでネタ的にはそんなに…
あ、この年から桃太郞スタジアムにネーミングライツが導入され「kankoスタジアム」(カンスタ)になりました。平均観客動員数は7161人でした。

2011年。開幕戦の湘南戦で0-5で大敗。そして東日本大震災が発生し、およそ1ヶ月間リーグは中断というスタートでした。
10月31日の横浜FC戦では植田龍二郎選手がおよそ58mのヘディングシュートを決め、ギネス未申請ながら実質世界一の距離のヘディングシュートとなりました。ちなみにこのあたりから(8月26日のカンスタ札幌戦以降)私はファジの試合観戦を本格的にスタートしています。
そして最終節のホーム徳島戦。相手の徳島ヴォルティスは3点差以上つけて勝利したらJ1昇格をほぼ確定できる状況にありました。試合は0-0のまま推移し、後半アディショナルタイム。途中出場の久木田選手が徳島のゴールにシュートを決め、そのまま試合終了。徳島のJ1昇格を打ち砕きました!

さらにこの年から始まった「PRIDE OF中四国」という中四国のJ2(後年にはJ3も)クラブで行われている企画でもファジが優勝しました!なお順位は13位と中位でした。平均観客動員数は7258人

しかし、この頃のファジにはある問題がありました。
それは専用の練習場がないという問題です。Jリーグのクラブには「優先的に使用できる練習場」の確保を求められていますが、当時のファジは各地のグラウンドを転々としている状態でした。シャワー室やマッサージルームがあるクラブハウスも当然無く、練習後のクールダウンは子供用のビニールプールに水を張って行うという、「プロクラブなのかこれは…」という状態でした。劣悪な環境は当然怪我も招きます。特に練習場として使っていた場所の一つの灘崎総合公園多目的広場は人工芝のため、足に負担が大きかったようです。さらに選手獲得にも悪影響でした。山陽新聞で「『もっとうまくなりたいが、岡山では無理』と断られるケースも後を絶たなかった」と報じられたほどです。
そこで2010年、「ファジアーノ岡山の専用練習場整備を推進する会」が発足。署名活動を行い、28万人以上の署名を集めて岡山市に提出。岡山市はそれを受けて岡山市東区升田にある下水処理場の未利用地へファジの練習場として使えるサッカー場を整備することになりました。2011年6月市議会で補正予算案が可決して事業がスタートします。
2012年度末の完成を目指して整備が始まりました。

J2での戦い~待望の練習場、神戸との邂逅、そしてつかみかけたJ1~

2012年アウェー岐阜戦(長良川球技メドウ)

練習場整備が始まった2012年。J2リーグが22チームになったことにより、J2リーグからの降格制度も始まりました。当時はJ2からJFLへの降格制度です。一方でJ1への昇格も、それまでの3クラブ自動昇格から2クラブ自動昇格+プレーオフ勝者1クラブとなりました。6位までに入れば昇格のチャンスが生まれることになりました。
この年のファジはそれまでのアルビレックス新潟から期限付き移籍で加入した川又堅碁選手が点を取りまくって、J2日本人選手最多の18得点!この年のファジの得点のおよそ半分を彼が取り、終盤までプレーオフ圏内を争うというJ昇格以来初と言っても良い上位争いを繰り広げました。最終的に8位でプレーオフ出場こそ逃しましたが、将来に希望が持てるシーズンとなりました。この年は楽しかったな…

ちなみに、8月19日に行われたアウェーFC岐阜戦は、本来の岐阜のスタジアムである長良川陸上競技場が改修工事のために使えず、長良川球技メドウでの試合でした。現地観戦しましたが、2-1で勝利して号泣したのを覚えています。

なお平均観客動員数は8000人にわずかに届かず7985人でした。

そして待望の専用練習場「政田サッカー場 (11)岡山市東区升田(ますだ)なのに政田(まさだ)サッカー場という名前なのは小学校区が「政田小学校」だかららしいです。 」が完成した2013年。天然芝2面人工芝1面、さらに待望のクラブハウスもでき、前年の躍進を受けて期待されたこの年。

J1からファジにとって特別なクラブが降格してきました。そう、18年前にRFKを岡山に残して去っていったあのヴィッセル神戸です。
ともに川鉄水島をルーツとし、同じ赤をシンボルカラー (12)厳密にはヴィッセルは神戸移転当初は白黒のゼブラカラー、楽天がスポンサーになった影響で赤に戻った とし、文字通り血を分けた兄弟クラブです。
両クラブは4月28日の第11節、神戸のホームであるノエビアスタジアムで最初の対戦を迎えます。試合前、ヴィッセル神戸のゴール裏にある横断幕が掲げられました。

「ようこそ。川鉄に縁を持つ友よ! 万感の思い胸に今日を戦おう!」

同じ川鉄水島の縁で結ばれた両クラブ。J1で実績を積んできたヴィッセルに対し、ファジはまだまだJ2昇格して5年目。試合が始まっても力の違いは歴然としていて…
前半終了時点で0-3とヴィッセルがリードする展開でした。いやもう、点取れる気しなかったです…

しかし後半。後半から投入された久木田紳吾選手が84分・85分と立て続けに得点し2-3へ。神戸に詰めかけた私も含め3000人のファジサポが声を出し、選手を後押しし、後半アディショナルタイム90+3分でした。荒田選手がゴールを決めついに同点!時間が足りず、勝ち越しこそ無理でしたが、3点差を追いついての勝ち点1をゲットしたのです!
いやもうしびれました。つかもう何がなんだかわからんかった(

そして、岡山側のホームでの2試合目。7月3日の第22節。確か水曜日のナイトゲームです。

ファジからヴィッセルへの返事として横断幕が掲げられました。

「おかえり神戸!! 街は違えど我らは兄弟 歴史を共に刻み行こう」

サポ仲間と「街は違えど我らは兄弟かぁ、ええなぁ」と言い合ってました。
そして試合は前半2分、この年に期限付き移籍で加入した押谷祐樹選手がゴールを決め、それを守り切ってファジが1-0で勝利!川鉄ダービー勝ち越しました!

なお、この年は12位に終わりました。うん、前の年はなんだったんだ。
しかし、この年、8574人の平均観客動員数を記録し、ガンバ大阪戦ではクラブ史上最高の観客動員である18269人を記録します。

またこの年、中国リーグを優勝したセカンドチームのファジアーノ岡山ネクストが地域決勝を勝ち抜き、JFL昇格を果たします。
ちなみに個人的にはこの年、ファジを通じて小学校時代の同級生と再会しました(アウェー栃木戦でニアミス、ネクスの試合で改めて再会)

2014年は終盤までプレーオフ圏内を争いますが、結局8位で終わり、影山監督が退任します。平均観客動員は8128人
この年はシーズンよりもそのオフにとんでもないことがありました。
この年のシーズン、信州のクソ緑松本山雅FCがJ1昇格を果たしたのですが、オフにファジから主力選手を3人、後藤圭太、石原崇兆、荒田智之の3選手を同時に強奪していく(完全移籍)という事態です。

実はこの3人、2014年のアウェー松本戦でファジの勝利に大きく貢献した選手達でして…あのメガネ反町監督、えげつなさ過ぎる。クソ緑め。しかも翌2015年シーズン、この3選手はろくに起用せず、荒田選手に至っては半年で大分へ出すという、マジで嫌がらせにしか思えないやつでした。
これ以来、私は信州のクソ緑松本山雅が大嫌いです。あ、松本の街は好きですよ。


さて、主力を引き抜かれてスタートした2015年。この年から「Challenge1」を合い言葉に平均観客動員1万人、そしてその先にあるJ1昇格を目指していくことになります。監督はコーチから昇格した長澤徹監督に代わります。シーズン前に元日本代表の岩政大樹選手、加地亮選手を獲得。ファジにとっては初めての日本代表経験選手でした。更に期待の若手矢島慎也選手も期限付き移籍で獲得します。
ネームバリューはすさまじいのですが…失点はしないけど点も取れない、結局11位で終わりました。まぁこの年はあんまり覚えてない(ぶちくらせ問題で吹き飛んだ)
あ、この年にスタジアムの名前もkankoスタジアムからシティライトスタジアム(Cスタ)になりました。しかし平均観客動員は8412人と1万人には届かずに終わります。
またこの年にはファジ史上初の(そして今の所唯一の)サポーターカンファレンスが行われました。
サポカンの議事録は公開されていますが、あまりにも読みにくいので、自分なりにまとめた記事を作成しましたね、そういえば…(苦笑

2016年シーズン最終戦の試合後

2016年。そう、ファジサポにとって2016年は忘れられないシーズンとなりました。
長く在籍していた田所諒選手や千明聖典選手などが退団、しかし実績のある赤嶺真吾選手や期待の若手選手である豊川雄太選手など、選手が大幅に入れ替わってスタートしたこの年。
前半戦を4位で折り返し、終盤に失速するも6位でフィニッシュ、クラブ初のJ1昇格プレーオフ進出を決めました!そして、シーズン最終戦15204人を集めたことで平均観客動員10017人と、Challenge1の一つを達成しました!

2016年J1昇格プレーオフ準決勝の試合後

11月27日に行われたJ1昇格プレーオフ準決勝の相手は2年前に主力を引き抜きやがった松本山雅です。6位のファジは勝たないとそこで終わります。会場は松本のホームアルウィン。数日前に雪が降ったらしく、雪が残るところもあり、15時半キックオフという薄暮開催。しかも雨が降ってとても寒い日でした。
前半に押谷選手がゴールを決めますが、後半追いつかれます。そのままではプレーオフ敗退…
しかし後半アディショナルタイム。ゴールキーパーの中林選手が入れたスローインからボールがつながり、相手ディフェンダーをかわして出てきた赤嶺選手にボールがまわり、ゴールへ…!赤嶺選手の決勝ゴールで松本を撃破!
いやー、泣いたわ…勝ったときマジで泣いたわ…マジで昇格できるって思ったわ……
イオンモール岡山でパブリックビューイングが行われてましたが、あとからTwitterでその動画見てマジで来てるなこれって思ったわ…

翌週、セレッソ大阪とのJ1昇格プレーオフ決勝があったはずですが、ちょっと記憶がないです。Twitterには投げてるけど記憶がない。とりあえず負けた。

とにかく、J1まであと1勝の所まで行きました。来年こそ…そう誓った2016年でした。
あと、ファジアーノ岡山ネクストが活動終了したのもこの年です。

2017年?この年もまた大幅に選手が入れ替わりましたが、まぁうん。13位で終わったので…平均観客動員も9471人となってしまいます。
ただ、ファジにとっては喜山康平選手の復帰が大きかったと思います。喜山選手は中国リーグ時代からJ2昇格までを支えた選手でした。他のクラブに移籍していて、前年は信州のクソ緑松本山雅に所属していました。途中で移籍していたとしてもファジにとっては特別な選手の一人です。

そして今度こそJ1昇格をと願った2018年、大激震が走るのです。

J2での戦い~引き抜かれた社長、豪雨、コロナ…歴史を刻み続けるために~

現在のエンブレムとロゴ

2018年。この年から現在のエンブレムとロゴに変更されました。しかしファジにとって、そして岡山県にとってとても苦しく辛い年でした。
この年もまたまた大幅に選手が入れ替わりますが、サッカーでは良くあることです。
しかしまさか社長が引き抜かれるとは思いませんでした。
そう、2006年以来、ファジの社長として中国リーグからJリーグへクラブを成長させ続けてきた木村正明さんがJリーグの専務理事に就任するために、3月末で社長を退任したのです。まさに大激震と言えるできごとでした。
さらに7月には…西日本豪雨(平成30年7月豪雨)が発生します。各地で大きな被害が出た豪雨でしたが、岡山県でも倉敷市真備町や岡山市東区などで洪水が発生するなど、まさに未曾有の大惨事となります。
しかしそんな中、豪雨直後のアウェー戦で応援団体がトラブルを起こすのです。実は2015年のぶちくらせ問題以降、徐々にサポーターの中心団体であるCURVA ROSAが分裂しはじめ、対立していたDRBという団体を中心としてさまざまなトラブルが起き始めていました。そして豪雨直後にもやらかしたというわけです。

そういったことが影響したのかどうかは分かりませんが、この年もクラブは15位でシーズンを終え、長澤監督の退任が発表されました。また平均観客動員も8599人とさらに減少

ここからは私があまり覚えていないシーズンが続きます(ぇ
最近なのになぜ覚えてないかって?それは主にアレですよ…アレ……

2019年第21節鹿児島ユナイテッド戦

2019年、有馬賢二監督が就任し、主力選手の多くも残留したこの年。クラブ史上最多のシーズン18勝を挙げ、プレーオフ争いにも絡みますが、9位でシーズンを終えます。しかし平均観客動員は9443人と再び1万人が近づいてきました。
この年は5月に子どもが生まれたのでほとんど見れていませんが、確か7月頃の倉敷市サンクスマッチと天皇杯の川崎戦にいった記憶があります。

また、ホーム最終戦となった11月16日の横浜FC戦で当時生後半年の息子がファジ観戦デビュー。ちなみにこの試合は17288人を記録 (13)長年ファジで活躍し、横浜FCに移籍していた田所諒選手の引退が発表されていたため、多くのサポが訪れた し、ファジの歴代2番目の観客動員となります。

2020年。いよいよ覚えてないぞ…(
えーっと、新型コロナウイルスで無観客試合やってましたっけ?なにしろ、仕事柄「人混みへ行くな」ってなってたこともあって、マジで見れてないです。DAZNで見る暇もないし。試合見に行けなかったらどうしても記憶が…
書くので調べたらホーム最終戦がCスタじゃなくてPikaraスタジアムだったようです。そういやそんな年あったな(
しかもそのあとシーズン終わるまで4試合連続でアウェー戦で、日程が出たときに「やべえ」ってなりました。Cスタの芝生の貼り替え工事の関係だったそうです。
シーズンは16位。平均観客動員は3072人とJFL時代どころか中国リーグ時代の2007年よりも少なくなってしまいましたが、無観客試合があったから… (14)無観客試合を除くと3225人らしいです。

2021年。去年だけどやっぱり覚えてn(ry
とりあえず、ミッチェル・デューク選手を獲得したのがこの年ですね。現役のオーストラリア代表です。なんかすごいの来たというのは覚えてます。なおシーズンは11位。有馬監督はこの年限りで退任しました。…てことは有馬監督のサッカーをほとんど見てないぞ…?
平均観客動員は4153人。無観客試合を除くと4361人です。

2022年J1参入プレーオフ1回戦の試合前

2022年、つまり今年。
木山隆之監督が就任、選手も大幅に入れ替わり、1から作り直すシーズンとなりました。
3月13日の町田戦で、清水から期限付き移籍中で前年から正ゴールキーパーの座を勝ち取っていた梅田透吾選手が靱帯断裂し、レンタル解除というアクシデントがありました。そこで緊急に近い形で4月に堀田大暉選手を湘南から期限付きで獲得。元々所属していた金山隼樹選手を押しのけて堀田選手が正ゴールキーパーに定着しました。

…が、今年に関しては第8節アウェー山形戦を語らないとダメですよね。
4月3日に行われたこの試合、本来は木村太哉選手の移籍後初ゴールで、1-0とファジが勝ったのですが前半11分の時点で「担当審判員による明らかな競技規則の適用ミス」があったとして、Jリーグ史上初の再試合となったのです。まさかのリーグが敵。
しかし8月31日に行われた前半11分からの再試合では2-0で勝利!

今年は新加入のヨルディ・バイス選手を始め外国人が当たりに当たりまくったこと、さらに岡山県津山市出身の佐野航大選手を始めとするルーキーも試合を重ねるにつれて活躍するようになり、年間20勝、勝ち点72とJリーグ加入以降最高の成績を達成!
順位は3位で自動昇格こそ叶いませんでしたが、J1参入プレーオフに勝てばJ1…そう、確か1回戦で山形とやったんだ……0-3…ちょっとプレーオフの記憶はないですね。
平均観客動員は7065人と12年くらい前の水準にまで戻ってきました。まぁ2020年からずっと観客動員の制限がかかってますからね…

ちなみに今年の4月1日に、「筆頭株主の異動について」というお知らせがあり、そこで前年でJリーグ専務理事を退任した木村正明さんが筆頭株主に復帰、そしてオーナーになることが発表されました!
木村さんお帰りなさい!

そしてなにより、2022年はファジアーノ岡山にとってもう一つ大きな出来事がありました。
2021年から所属しているミッチェル・デューク選手がオーストラリア代表として、オーストラリアのカタールワールドカップ出場に大きく貢献!アジア予選の結果で大陸間プレーオフに回りましたが、無事に出場権を獲得!
そして本戦では11月26日に行われたグループリーグ第2節のチュニジア戦で決勝ゴールを決め、オーストラリアに12年ぶりのワールドカップ勝利をもたらし、グループリーグ敗退の危機から救い出し、第3節でも得点こそなりませんでしたが活躍を見せ、オーストラリアの決勝トーナメント進出に大きく貢献しました!決勝トーナメントは初戦敗退でベスト16にとどまりましたが、そのデンマーク戦で地味にいい仕事(?)をしたらしいです。
ファジアーノ岡山所属の選手がワールドカップに出場し、得点を決めたのはもちろん初めて。なんならJ2リーグ所属の外国人選手がワールドカップで得点したのも初めての出来事だったそうです。
このゴールを受けて、岡山県は翌日11月27日が休日となりました!※もともと日曜日でした
そんな選手がいてもJ1昇格できないってどんだけ厳しいリーグなのJ2…

そして来年2023年シーズン。J2参戦15年目。来年こそJ1昇格を果たしてくれると信じています!

The dream to children!子どもたちに夢を!

ココロヒトツニ トモニタタカオウ!

今後のファジの課題

「ファジの周りで遊ぶ」をモットーにしている私が思う今後のファジの課題を挙げてみます。

スタジアムの問題

2013年ガンバ大阪戦の様子

喫緊の課題がスタジアムの問題でしょうね…
ファジアーノ岡山が現在ホームスタジアムとして使用しているシティライトスタジアムはいわゆる「国体スタジアム」とも称される、陸上競技場です。
毎年各都道府県で持ち回りで行われている国民体育大会(2024年からは国民スポーツ大会に変わります)が岡山県では1962年と2005年に行われたのですが、現在のシティライトスタジアムは1962年の大会のために作られた陸上競技場を改築(ほぼ建て直し)し、2003年にできたものになります。
陸上競技場ですので、サッカーをはじめとする球技にとっては陸上用のトラックの存在により、臨場感が損なわれていたり (15)Cスタはまだマシな方とはいえ、球技専用のスタジアムに比べれば…という話 、トイレなどの構造や数が不十分な部分があったりするようです。
また観客席の屋根もJリーグの基準を満たしておらず、毎年クラブライセンス発給時に制裁(文書提出)を受けている状態です。
なにより、観客席の数自体も実質16000人程度と、J1基準こそ満たしてはいますが、今後のことを考えるとやや不足気味なのは否めません。詰め込めば2013年のガンバ大阪戦のように18000人入りますが、このときは消防かどっかに怒られたという話… (16)実際、観客がスタンドに入りきらなかった上、コンコースなどに人が溢れていて危険な状態だった…と言うか元々Cスタは2万人入ると言われていたのですが、どうやったら2万人入るのかマジで謎。

そのため、「すべての観客席に屋根がかかっている」「20000人程度の規模」「できればサッカー(球技)専用のスタジアム」の整備が急務になってきています。

屋根と観客席の数に関していえば、Cスタを再度改築するという選択肢もあるかもしれません。実際、南側のゴール裏は芝生席ですので、そこにちゃんとしたスタンドを建てれば観客席はそこそこ確保できそうです。
しかし、バックスタンド側や北側のゴール裏は直ぐ後ろに道路(国道53号)が走っている関係で、これ以上大きくすることは難しいでしょう。屋根を設置するにしても難しいかもしれません。
さらに言えばCスタのある岡山県総合グラウンドは津島遺跡という遺跡の上に建てられています。 (17)ちなみにCスタのメインスタンド内には「遺跡&スポーツミュージアム」という博物館があり、津島遺跡から出土した品物と岡山県出身の陸上選手である人見絹枝さん・有森裕子さんのゆかりの品が展示されています。 本来、2005年の国体へ向けて、岡山市東区古都南方付近に陸上競技場(を始めとする運動公園?)を整備する計画だったのですが、ハコモノ大好き長野県政の残した負の遺産による岡山県の危機的な財政状況の影響で、新しい陸上競技場を作るのではなく、すでに存在した県総合グラウンドの陸上競技場を改築することになり、結果として遺跡と共存する形になった経緯があります。
仮にもう一度大規模な改築をするとなると、前回同様、遺跡に配慮しながら工事をせねばならず、また改築期間中にどこでホームゲームを行うかという問題も出てきますので、難しい判断が迫られるのではないでしょうか… (18)現に2020年は芝生の張替えのためにラスト4試合がアウェーゲーム、かつホーム最終戦は香川県のPikaraスタジアムを使ったわけで…
一応、岡山県には県営の球技専用スタジアムとしては「岡山県美作ラグビー・サッカー場」がありますが、Jリーグ基準を満たしていない関係で、ファジが美作を使用したのは2008年のJFL時代が最後です。 (19)JFL時代のファジアーノ岡山ネクストは美作を使用していません。 しかもアクセス的にも微妙…
またこのあとの内容とも微妙に絡みますが、一時期ファジが臨時駐車場として使用していたJR北長瀬駅そばの岡山操車場跡地に岡山市がサッカースタジアムを整備する計画が存在したこともあります。(他の方のブログですがそのことに触れている記事がありました)ただし、30年程前の1994年のお話で、その後は岡山ドームが整備されたもののサッカースタジアムは建設されていません。 (20)ただ操車場跡地には岡山ドーム以外に大きなハコモノはないので、専用スタジアムを作ろうと思えば作れなくはないと思います。しかし、岡山市立市民病院が近くに移転してきているので、病院への配慮が必要になってきます。この辺は神戸のノエビアスタジアムや福岡のPayPayドームあたりが参考になるかもしれませんが、両方とも屋根付きだからなぁ…

現在のCスタはアクセスが良いのでなかなか難しいのですが、さほどアクセスが悪くない場所に専用スタジアムの整備が望まれるところです。

ちなみにビジョンの老朽化問題もあります。おかやま国体に合わせて導入されたビジョンは今となっては画質が悪く、時々表示が乱れることもありまして、いい加減どうにかしなきゃいけないんじゃないか…と数年前から感じていました。しかし今年、ビジョンの改修工事が行われているらしいので、来シーズンはきれいになっている…かもしれません。

なお、ファジの前社長で、現在は筆頭株主の木村正明さんは、11月に発売されたWedge2022年12月号に掲載された記事の最後に「ファジアーノ岡山がJ1に昇格したあかつきには、自前のスタジアムを建設したい。それが、私が目指す次の地域活性化であり、地元への恩返しだ。」と書いており、今後、スタジアム整備について何らかの動きがあるかもしれません。(なおこの記事はオンラインでも配信されています)

駐車場問題

おまたせしました(誰も待ってない)。最初の方で触れたCスタの駐車場問題です。
Cスタのある岡山県総合グラウンドはJR岡山駅から徒歩20分くらいで、近くには岡山大学があり路線バスの本数もそこそこ多いなど、本当に街中にあるスタジアムです。
ぶっちゃけ、公共交通機関で来る場合は特に困ることは無いでしょう

しかし、岡山は車社会。そのため駐車場が不足しているという問題があります…

もともと国体向けに陸上競技場を改修する前は運動公園内全体で2000台停めることができる駐車場があったそうなのですが、その後の運動公園の整備で500台程度にまで減ってしまっています。
また2017年シーズンまではJR岡山駅から1駅のJR北長瀬駅そばにある岡山操車場跡地に臨時駐車場を設けて、シャトルバスを運行していましたが、操車場跡地の再開発によってそこも使えなくなりました…
そのため、2022年時点ではCスタから2kmくらいの距離にある心臓病センター榊原病院や岡山済生会総合病院、岡山済生会外来センター病院の駐車場を事前予約駐車場として運用しています。 (21)確かコロナ前はベネッセコーポレーションの本社駐車場も使っていましたが2022年シーズンは運用していません
しかしこの3つの病院の駐車場を合わせても450台分しかありません。実際、試合前にこれらの駐車場の予約をしようと思うと、早めに予約しないといけませんし…
また民間駐車場の岡山駅西口パーキングの24時間駐車券をファジのホームゲームで販売していますが、予約制ではなくファジ専用でもないので、停められない可能性があるのがネックです。

とは言え、市街地ですので、近隣には数多くのコインパーキングや有料駐車場があるので、ある程度歩くことを覚悟すればどこかには停められるはずです。
しかし…近くのお店や路上などに無断駐車する車がまだまだ存在するようです…
コロナ前の話にはなりますが、Cスタ近くに住む人から「ホームゲーム開催時の路上駐車が酷い」という話をきいたこともあります…

クラブ側も徒歩や自転車、公共交通機関を利用した来場を呼びかけファジウォーカープロジェクトを実施しています。路上駐車はマナーの問題もありますが、やはり少しでも車を減らせるように、交通手段を切り替えられる所は切り替えていきたいものです。 (22)ちなみに私は子どもが生まれる前は駅から徒歩か、バイクで行っていました。ただ子ども連れてくときはさすがに車じゃないと難しい…車のときは榊原病院か奉還町のコインパーキングを使ってます、

選手の確保面

親会社を持たない地方クラブの宿命でもあるのですが、選手の確保については苦労する面があるはずです。
専用練習場ができたあとも、金銭面で残せなかった選手はいるらしいですし、J1クラブから引き抜かれるなんてのはよくあります。松本山雅許すまじ

また個人的にちょっと気になっているのは、ユースからトップに昇格して活躍する選手がなかなかいないことです。今年活躍した津山市出身のルーキー佐野航大選手は、中学時代まではファジの試合を見てはいたようですが、高校は米子北高校ですし… (23)米子北高校は中国地方の中ではかなりサッカーが強い高校ですのでわからなくもないです。天皇杯に高校生が出れたときにはよく島根代表になってました
ネクスがあった頃はネクスで活躍してたユース出身(あるいはユース所属 (24)現役高校生がネクスの試合で大活躍…みたいなのがよくあった記憶… )の選手がいたりしたのですが…

地元の選手の発掘面はまだまだ行っていかないといけないでしょうね…
資金面が強化されていかないと難しいところもあるかもしれませんが…

Jリーグ配分金の問題(というか資金確保の問題)

ファジサポはすでに社長の発言から昨年あたりには薄々察していたのですが、今後、Jリーグからの配分金がJ1の上位クラブに手厚くなるような割合で配分されるようです。
資金力が強いクラブを育てるためだそうですが、これが本格的に始まると親会社のない市民クラブにとっては資金確保の面で厳しくなることが予想されます。
財務面についてはそのあたりの知識が豊富な人が記事を書いてくれると思っているので(ぇ)そちらに譲りますが、今後のことを考えると少しでも早くJ1へ上がって体力をつけないと厳しそうです…だからこそ、今年上がりたかった…!

最後に

コロナ前は選手入場時にビッグフラッグが掲げられていました。

今年は2022FIFAワールドカップが開催されたこともあり、サッカーに興味を持った方も多いことと思っています。
日本代表のグループリーグは初戦のドイツに勝利してコスタリカに負けてスペインに勝つという、「なんで強敵にばかり勝つんや」みたいな展開でしたが、これ、ぶっちゃけJリーグ(に限らんけど…)見てるとよくあります(
ファジも「なんでここで下位のクラブに負けるんや…」みたいなことがよくあります。 (25)それでどれだけ勝ち点落としてきたことか… でも強いとこに勝つとうれしいんですよ。

この記事はファジを推す記事ではありますが、Jリーグには2023年、J1からJ3まで合計60のクラブが存在します。福井・三重・滋賀・和歌山・島根・高知の6県以外にはJ1からJ3のどれかのクラブが存在しますし、これら6県にもJリーグ入りを目指しているクラブが存在します! (26)福井・三重・滋賀・和歌山・島根・高知の6県では、ヴィアティン三重、鈴鹿ポイントゲッターズ、高知ユナイテッド、FC神楽しまね、福井ユナイテッド、アルテリーヴォ和歌山、レイジェンド滋賀あたりが該当
またJクラブ以外にもJFLや地域リーグで戦っている地元のクラブがきっとどこの地域にもあるはずです!
ぜひ地元のクラブの情報を探ってみてください、そしてちょっとでも試合を追いかけてみてください。
なんならイケメン選手とか面白い髪型の選手を追いかける…でも構いません! (27)イケメン選手を追いかけている人はマジで実在します。
ワールドカップに負けない熱さと楽しさ(時には悔しさや悲しさもですが…)があります!サッカー観戦好き (28)ここまでファジを語っておいてなんですが、私自身はサッカーという競技自体は嫌いなんですよね…w あくまで見るのが好きなだけであって。 が一人でも増えることを願っています。

最後に、ファジアーノ岡山のクラブスタッフ内富さんのTwitterのpostを引用してこの記事を締めますね。

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