先日(9月11日)のNHK「クローズアップ現代+」で「身近な病院でも!なぜ減らない“身体拘束”」として、病院における身体拘束について取り上げられていました。
私が見始めたときには終わり際だったので、NHKオンデマンドであらためて通して視聴したのですが…
なかなか酷いですね、この番組。
身体拘束を絶対悪と思ってる人が構成したんだろうな…
現場のことが分かってないよ。拘束は必要悪なんだよ…だからNHKをぶっ壊すと言われるんだ…と思いました。
一つ一つにツッコミを入れてくとさすがに際限なくなると思ったので、身体拘束は必要悪だと考える私の思いを中心に物申していきたいと思います。
身体拘束は身体機能と認知機能を低下させる
身体拘束は、どのようなものにしても、身体機能と認知機能を低下させるのは事実です。
本来、自由に動かせる物の動きを抑制するため、廃用性症候群 (1)安静状態が続くことによって、筋肉の萎縮や関節の拘縮などが起きること。また心身機能の低下のことも指す。 が起き、また認知機能の低下を招きます。
そのため、原則的には身体拘束を行わずに治療をすることが理想です。
病院で拘束が行われる理由・施設で拘束ができない理由
身体拘束について、病院と施設(特別養護老人ホームなど)では正反対の事が行われています。
施設は生活の場です。そのため身体拘束とされる行為は一切行うことができません。
4点柵 (2)ベッドの全周に柵を置くことでベッドから降りられなくするですら施設では行ってはいけない行為です。
そのため、離床センサーの設置や頻回な観察などを行う事で事故の予防や早期発見を行おうとしています。
一方で病院は治療の場です。
確かに拘束は原則行ってはならないことになっていますが、現場では治療に必要な場合に最小限の拘束を行うという運用になっていることがほとんどです。
点滴やチューブ類の自己抜去や身体状態を把握できていないことによる転倒転落などの予防のためとして、行われる場合が多いです。
なお、身体拘束には、手足を縛る物の他に、ミトンを使用して握れなくする物や、車椅子の安全ベルトを利用して車椅子から降りられなくするものなどもあります。
施設においてはこれらすべて行う事ができません。
精神科病院の方が身体拘束に対しては“厳しい”
精神科病院に勤務する私のイメージとしては、精神科病院の方が身体拘束に対しては厳しい運用がされていると感じています。
精神科病院で身体拘束を行う場合、精神保健福祉法第36条と第37条に基づいた運用が求められます。
いかに条文を引用します。
精神保健福祉法第36条
1. 精神科病院の管理者は、入院中の者につき、その医療又は保護に欠くことのできない限度において、その行動について必要な制限を行うことができる。
2. 精神科病院の管理者は、前項の規定にかかわらず、信書の発受の制限、都道府県その他の行政機関の職員との面会の制限その他の行動の制限であつて、厚生労働大臣があらかじめ社会保障審議会の意見を聴いて定める行動の制限については、これを行うことができない。
3. 第一項の規定による行動の制限のうち、厚生労働大臣があらかじめ社会保障審議会の意見を聴いて定める患者の隔離その他の行動の制限は、指定医が必要と認める場合でなければ行うことができない。
精神保健福祉法第37条
1. 厚生労働大臣は、前条に定めるもののほか、精神科病院に入院中の者の処遇について必要な基準を定めることができる。
2. 前項の基準が定められたときは、精神科病院の管理者は、その基準を遵守しなければならない。
3. 厚生労働大臣は、第一項の基準を定めようとするときは、あらかじめ、社会保障審議会の意見を聴かなければならない。
また、精神保健福祉法第37条に関わる物として、厚生労働省より、次のような基準が示されています。
- 切迫性 利用者本人又は他の利用者等の生命、身体、権利が危険にさらされる可能性が著しく高いこと。
- 非代替性 身体拘束その他の行動制限を行う以外に代替するサービスの方法がないこと。
- 一時性 身体拘束その他の行動制限が一時的なものであること。
これらをまとめてものすごくざっくり説明すると、
- 「精神科病院の管理者 (3)院長の場合が多いけれども実務上は担当医師 は治療に必要な制限はできるよ」
- 「制限するときは、危険が差し迫っていたり、拘束以外に方法がなかったりしてるときだけな。しかも一時的なものにしなさいよ」
ということになります。
一方で、精神科以外の一般科の病院では、精神科よりも拘束が気軽に行われているのではないかという印象があります。
もちろん、精神保健福祉法等に定めているような基準を設けて運用しているところがほとんどだと思います。しかしそうではないケースも見受けられます。
一般科病院から私の勤務先の病院に転院してきた患者のケースでは、前の病院からは暴力的で点滴等の自己抜去もあるため拘束を行ってるたという情報が来ました。しかし実際に転院してくるとむしろ拘束は必要なく、暴力もありませんでした。最初はミトンを使用しましたが、それもすぐに不要になった…なんてケースがあります。
治療経過から察するに、一時的にせん妄状態 (4)意識混濁に加えて奇妙で脅迫的な思考や幻覚や錯覚が見られるような状態。暴力が出るケースもある となっていたのではないかと思われましたが、転院直前まで拘束が必要だったとはとうてい思えないケースでした。
ユマニチュードのようなケア技法は理想ではある
ユマニチュードとは、フランス発祥の認知症ケアの技法の一つです。
目線を見て穏やかな口調で話しかける、手の平全体で優しく触れる、ケアの中で立つ時間を作る…こういったことを通して、「人間らしさを尊重した」ケアを行う事を目指す物です。
確かにこれは理想です。私も心がけてはいます。
しかしながら、現実的な問題として、時間が足りません。
看護師一人が日中では15人の患者を見なければならないときだってあります。
看護補助者を入れても一人あたり平均10人見なければならない状態では余裕がありません。
そのため、どうしても時間に追われた看護になってしまうことがしばしばです。
点滴を抜いてしまうから足に入れる?馴染みの物を置く?そんなことはとっくにやってる
番組内では、「点滴を抜いてしまうから目に触れにくい足に入れている」「馴染みの物を置いて点滴に意識が行かないようにする」といった対応が紹介されていました。
しかし、こういった対応はほとんどの現場で「当たり前に行っている」対応です。
なんなら、私が点滴のルートを取る時、手に入れる方がレアケース…とまではいいませんが、手に入れると自己抜去のリスクが高い場合が多いので、手の届かないところに入れる=足に入れます。
意識をそらす方法としては、患者さんの家族が持参している物があればそれを使ったり、点滴のルートが目に入らないように服やソックスなどを利用して隠したりしています。
ナースステーションで観察するケースは、車椅子に乗れる人の場合は行います。
そう、とっくにやっている対応なのです。
これでも点滴を抜く人は抜きますし、バルンカテーテル (5)膀胱留置カテーテル を抜く人は抜きます。
拘束以外の手段ではもはや防げない状態となっているため、拘束という手段に出ているわけです。
患者の安全を守るのは当然。でも職員の安全は?
病院は治療を行う場所です。同時に患者の安全を守る義務を負っている場所でもあります。
拘束は機能低下を招くため、言わば患者の安全を脅かす恐れもあることから、確かにしない方が良いわけです。
しかし、職員の安全も同時に守られなければならないのではないでしょうか。
せん妄状態となった患者さんは、時に暴力的な行動に出る事があります。
せん妄状態以外でも、精神疾患による妄想等によって、看護師を始めスタッフに暴力的な行動を取るケースもあります。
こういったケースにおいて、それでも身体拘束は行ってはいけないのですか?
職員の安全を置き去りにして、「病気だから」「せん妄状態だから」と患者さんのやりたいようにさせるんですか?
さすがにこれはおかしいと思っています。
上述したとおり、精神保健福祉法では治療上必要な拘束は認められています。一般科においてもそれぞれで基準を作って運用していると思います。
長期間、見直しもされずに行う拘束はおかしいと思いますが、職員の安全を守るための拘束は必要だと私は思います。
身体拘束は“必要悪”と考えるべき
私は身体拘束は必要悪と考えるべきだと思います
そりゃしないほうが良いに決まってます。それでも、拘束以外の手段をやり尽くした最後の手段としてやむを得ず使用し、常に身体拘束を解除できないか、またどのような状態なら拘束がなくても安全が保てるのかを検討し続ける必要があると思います。
現実的なことを言えば、病院は曲がりなりにも退院を前提とした場所ですから、退院先として施設に入ったり自宅に帰る際には身体拘束を外す必要があります。
そこへ向けて、日々考え続けることが必要なのではないでしょうか。
現場の看護師は、拘束なんてやらないほうが良いとみんな思っています。
それでも「やらなきゃいけない」状況をもっと伝えて欲しかった…そう思いました。
References