神戸市神出病院の看護師はなぜ虐待をしてしまったのか、そして精神科の闇とは?

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2020年3月4日、神戸市西区にある医療法人財団兵庫錦秀会「神出病院」の看護師ら6人が、入院患者に対して暴行やわいせつな行為をしていたとして逮捕されたというニュースが流れました。

入院患者に虐待疑い 神戸、看護師ら6人逮捕 (日本経済新聞 2020年3月4日付)

日経の記事を始め、他の報道なども踏まえた上で、なぜ彼らは患者を虐待したのか、そして精神科病院の闇を私の経験も踏まえつつ紹介します。

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神出病院とはどういう病院か

神出(かんで)病院は、神戸市西区にある病床数465床の病院です。
診療科目として、精神科・神経科・心療内科・内科が挙げられていますが、病院ウェブサイトにある看護体制を見る限りは、完全に精神科病院ですね。
そしてその設立は昭和38年(1963年)だそうです。

この昭和38年というのは、精神科看護、あるいは精神科医療を学んだ人ならピンとくるかもしれません。
昭和30年代後半は、雨後の竹の子のごとく、精神科病院が乱立、全国で精神科病床が増加した時期なのです。
ちなみに、以前の記事で触れた「精神医療は牧畜業だ」という日本医師会会長の武見太郎の言葉も昭和35年(1960年)」に発せられたものです。
患者を入院させればさせるだけ儲かったため、精神科病院が乱立したという時代だったようです。
この神出病院も、設立時期から推測するに、そういった時代の流れの中で誕生した病院なのでしょう。

精神科病院自体の”闇”

精神科病院自体が抱えている”闇”を考えてみましょう。
精神疾患を抱えている人は割と多いのですが、メンタルクリニックなどの外来はともかく、入院となるとあまり良いイメージを持たれていないですよね。
“光”の部分も当然あるのですが、今回は”闇”の部分を取り上げます。

異常なまでの長期入院がまだまだ多い

精神科病院に入院している人の入院期間は、最近は二極分化しています。
現在の精神科急性期病棟では原則的に3ヶ月以内の退院を目指しており、実際に3ヶ月以内に退院するケースがほとんどです。

一方で、異常なまでの長期入院になっている人もまだまだ多くいます。
実際、私は昭和30年代から入院していた患者さんを看取った経験があります。入院期間は50年以上でしたね…
「牧畜業」などと言われていた頃に入院した人は、なかなか退院することができず、時間の経過とともに、退院先となるはずの家がすでに代替わりしていたり、場合によっては家族がいなくなっていたりして、もはや病院以外に居場所がない状態になっていることも少なくありません。
また、家族の側から「退院させないでくれ」ということで、本来であれば外来治療でも十分やっていけそうなレベルの人が入院しているケースもあります。

高齢者を専門にしている病棟でも、同じような状況が生まれています。
こちらの場合は、特別養護老人ホームへの入所待ちで病院に入院していて、なかなか順番が来なくて気が付けば何年も経っていた…という状況が代表的ですね。
私の知るケースでも、こんなケースがありました。認知症の度合いは重かったのですが、手づかみとは言え自分でごはんが食べることができたり、車椅子に乗車できたりしたため、介護度がそこまで重くなく、特養の順番待ちが200番台とされたため、結果的に何年も入院に…

逆に、寝たきりで経管栄養、生活全部に介護を必要とする場合も、特別養護老人ホームなどでは入所ができないため、結果的に精神科病院へ入院しているケースもありますね。このケースでは10年単位になっている人も見かけた事があります。

いずれにしても、普通は1ヶ月でも長期入院という感じになるのに、1年や2年では短い感じがしてしまうと言う、異常なまでの長期入院がまだまだ多いのが精神科病院の特徴だと言えます。

事実上の強制入院制度の存在

以前、このブログでも紹介しましたが、一口に入院と行ってもさまざまな入院形態があります。
精神科病院では精神保健福祉法に則って、「任意入院」「医療保護入院」「措置入院」「緊急措置入院」「応急入院」という合計5つの入院形態が存在します。
この5つの入院形態のうち、緊急措置入院と応急入院は時間制限のある入院形態のため、事実上はそれ以外の3つの入院形態で運用されています。

任意入院はともかく、医療保護入院や措置入院は強制力を持った入院形態となります。
精神科では、患者本人に病気の認識がないことが多く、医療者から見て明らかに入院治療が必要な状態でも、入院に同意しないため、何らかの形で強制力を持って入院させる必要は確かにあります。
当然、治療の必要が無くなれば退院させたり、同意が得られるのであれば任意入院に切り替えていく必要が出てきます。
しかしながら、時として、診察した医師や看護やリハビリなどに関わるスタッフの誤認や、退院させることに対する不安などによって、恣意的に運用されかねない側面がないとは言えません。
実際、今年1月の東洋経済オンラインで、「精神病院に4年閉じ込められた彼女の壮絶体験」という記事が公開され、その中には、主治医から「入院は社会的制裁、退院すると家族や社会に迷惑をかけることになる」として、医療保護入院が延長されたという内容も書かれています。また、その記事の続編となる「精神病院から出られない医療保護入院の深い闇」でも、医療保護入院が現場の医師の裁量で運用されていて、長期の強制入院も可能になるというという実情が報じられています。

この医療保護入院は、精神科医療においてはないと治療にならないという面は確かにあります。
しかし、強制入院的な運用をされていると、現場のスタッフに「この患者はどうせ退院できない」「外に出ることもない」と言った意識が生まれないとは言い切れません。
こういった意識は、患者を下に見てしまう原因となり得ると思います。

「外の目」「外の情報」が入りにくい実情

精神科病院では、治療上の必要がある場合には、面会を制限することがあります。
ただし、権利を守るために弁護士との面会は制限できませんし、入院に不服がある場合には都道府県知事に対して退院請求することができます。
しかし、その請求を審査するのは精神医療審査会というところですが、現実的にはほとんど退院請求が認められることがありません。そもそもその審査会自体、精神保健指定医がメンバーの多くを占めているという話があります。

また、情報収集を行おうとしても、携帯電話やスマートフォンといった通信機器は持ち込み禁止物品となっていることがほとんどです。
テレビも多くの場合は病室には設置されていません。ラジオは持ちこむことができる場合がほとんどですが…
電話については、精神科病棟には必ず公衆電話がありますので、それを使うことになります。電話を受ける場合には病院にかけてもらって取り次いでもらう必要はありますが…
手紙・ハガキのやりとりは制限されません。封筒などを患者の許可なく病院スタッフが開封してはいけないし、届いた物を患者に必ず渡すことになっています。
とは言え……インターネットがない中で、検閲はされないことにはなっているものの、手紙などのやりとりが病院スタッフを介さないとやりづらい状況では、思ったように情報収集ができないと思います。

患者が欲しい情報が入りづらく、退院請求がなかなか認められない状況下では、精神科病院には外の目が入っているとは言いがたいですし、閉鎖的な組織となっていると言わざるを得ないと思います。

「アブグレイブ刑務所」と似た環境かも

イラク戦争後にアブグレイブ刑務所で起きた捕虜虐待事件をご存じでしょうか。
アメリカ軍の兵士が、捕虜となっていたイラク人に対して、尋問という名目で暴力的・性的虐待を行ったというものです。
この事件の場合は、敵に対する否定的な感情もあって起きたと思われますが、今回の神出病院における虐待事件でも、患者に対する否定的な感情がなかったとは言えないのではないかと思います。
むしろ、患者に対する否定的な感情を持ったことがない精神科病院のスタッフは恐らくいないのではないでしょうか。
私自身、患者の言動に対していらついたり、怒りを覚えたことは数限りなくあります。
さらに、外の目が入りにくい環境、自分のことをうまく訴えることができない精神疾患の患者という条件が重なって、虐待が起こりやすい状況がないとはいえません。

精神科病院の看護師・看護助手が抱える”闇”

私自身も精神科病院の看護師ですが、どちらかと言えば精神科の本流から外れた所で仕事をしています (1)やってることは老人ホームに近い… 。そのため、伝聞によるところもありますが、他病棟での応援業務などもしていますので、それらの経験を踏まえつつ、精神科病院の看護師・看護助手の闇を書いていきます。

とにかくストレスがかかる

精神科の患者の多くは、身体的な疾患はあまりありません。高齢者が多い病棟は除きますが…
あくまで精神面だけに何らかの病気を抱えています。
そのため、患者自身が危険を感じたときは、その持てる力を全て振り絞って抵抗したり、暴言を投げつけられたりすることがままあります。
そこまでのことでなくても、「支離滅裂なことをひたすら話しかけられる」「スタッフに対して何らかの妄想的な感情を持って接してこられる」「会話が成立しない」「同じ事を繰り返し尋ねられる」などは日常茶飯事です。
…むしろ、こういったことへの対応の一つ一つが治療であるとも言えます。

もちろん、精神科で働く看護師や医師、作業療法士などの資格のあるスタッフは医療的な知識を持って接していますし、資格のない看護助手も、多くの病院では精神疾患の基本的な知識や対応方法を学ぶことになっているはずです。
しかし…そうは言ってもスタッフも人間です。やっぱりストレスに感じることがあります。
話せば分かる相手ではないことも多く、対応方法にストレスを抱えているスタッフは少なくないと思います。

看護する側・治療する側も「精神疾患」を抱えていることがよくある

ストレスがかかることとも関係しますが、スタッフサイドも精神疾患を抱えているケースはよくあります。
実際、私の勤務する病院でも、「○○先生はうつ病だ」とか「××先生はパーソナリティ障害らしい」という話は聞いたことがあります。
また看護師の中にも、絶対この人なにかの精神疾患抱えてるだろうな…って思う人は何人もいます。 言わば、患者が患者を治療したり、看護したりしているような状況が生まれているのです。

ちなみに、ちゃんと調べたら私にもなんらかの精神疾患あるかもしれませんね(苦笑

一般科に比べれば業務量は少ない(かもしれない)が…

精神科とそれ以外の一般科の違いで言われることとして、「精神科は一般科よりも業務量が少なく、定時で帰りやすい」と言うものがあります。
私は、精神科しか経験していないので比較はできませんが、一般科と比べたら業務量は少ないのかもしれません。
ただし、それは「非常時に備えた余裕」という側面があります。
この非常時というのは、例えば心肺停止などの急変時というものもあります (2)私の勤務する病棟は看取りをやってる関係上、これが多い が、患者の暴力行為への対応というものもあります。

精神科の急性期病棟では、暴力行為によってスタッフに危害が加わることもたまにあります。
ある程度予見できる場合には、勤務している男性スタッフを病棟や部署を問わずかき集めて対応することもあります。
日中はもちろんですが、夜間でもまれに招集がかかります。
こういったときに、急性期病棟の業務が滞ることはもちろんなのですが、スタッフを出した病棟も一時的に人数が減ることになるため、業務が遅れる事になります。

暴力行為への対応によるストレスもそうですし、それによってやらなければならない業務が遅れるという焦りなども出てきます。
そのため、精神科では精神科なりの「多忙さ」であったり、「難しさ」があるのです。
そういった部分から、ストレス発散として、患者へ当たってしまうケースは起こりうると思います。

虐待スレスレの仕事は私もしている…

私自身の仕事を振り返ってみても、一見すると虐待に見られかねないよなという仕事をやっています。
病棟の性質上、例えば点滴であったり、喀痰吸引であったりと言った処置を行うのですが、その際に身体を動かして抵抗したり、スタッフに対して暴力を振るったりする患者がいます。
しかし、身体的な疾患の治療や、呼吸状態の改善などには欠かせない処置ですので、他のスタッフと協力して、身体を押さえたり、場合によっては拘束したりします。
あくまで治療上必要なために行っているのですが、状態や事情を知らない人が見たら、虐待と思われるんじゃないか…と思ったことは一度や二度ではありません

しかし、今回の神出病院で起きたようなことは少なくとも私の勤務する病棟では起きていませんし、私自身、やろうと思った事はありません。
仕事の場で自分のストレスを発散するのは、最低最悪の人間がすることだと思っていますし、患者に対してむかついたとしても、それはそれとしてキチッと仕事をするのが、国家資格を持つ者の義務だと思っているからです。

自分達の看護を見直すきっかけに

違法な行為はどれだけ隠したとしても、いずれは明るみに出ることです。
自分の身を守るためにも、きちんと倫理観を持って仕事をしている人がほとんどだと思います。
私はここまでの事件になることはごく一部の話だと信じています。
とは言え、こういったニュースを受けて、今一度、自分達の看護を見直してみるきっかけにしていくべきではないしょうか。

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