認知症患者が入院中に転倒し障害を負って損害賠償請求…どうなのよ、これ

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認知症患者が入院中に一人でトイレに行った際に転倒し、全身麻痺の障害を負って寝たきりになったとして、親族が病院に対して損害賠償を請求、2770万円の賠償命令が熊本地裁で出されたというニュースが流れました。
「病院に2770万賠償命令、熊本 入院中転倒で後遺症」(Livedoor NEWS)※2018年10月18日閲覧

日々、認知症患者の看護を行っているものとして他人事ではないため、私の働く「療養病棟」における対応や、私の考えをまとめてみたいと思います。

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認知症患者の予測不可能な行動

療養病棟では認知症患者はごくありふれています。
寝たきり患者が多い病棟ではありますが、動ける人ももちろんいます。
ただ、その動けると言うのは「見守りがあればベッドから車椅子へ動くことができる」「立位は不可能だが、支える事でなんとか車椅子やポータブルトイレを使用できる」と言ったレベルを指します。
正直な所、自分の身の回りの事を全て自分でできる人と言うのはほとんどいません。

しかしながら、認知症患者は自分の身体機能を正確に把握できていません。
気持ちは若いのに身体が追いつかない…なんて言うのは、健康な人でも30代を過ぎるとよくあることですが、それよりも酷い状態と言って良いでしょう。
例え足が動かなくても、「トイレに行きたいから行く」「ここは自分の家じゃないから帰る」などという思いで、ベッドから降りて歩き出すことは日常茶飯事です。
…足が動かないんですよ?自分の足で一人で歩くことは無理なんですよ?
何が起こるか…わかりますね?転倒します。

今回、障害を負った患者さんは車椅子でトイレに一人で行って転倒したとのことですが、似たような事は私の勤務する病棟でもたびたび起きています。
中には大腿骨頸部骨折した事例もあり、療養病棟では日常茶飯事に近い事故です。

しかも今回の病院は、熊本市の医療法人佐藤会という精神科病院のようです。
精神科病院は看護師の配置基準が他の一般科の病院よりも緩く、十分な人数が確保できていなかった可能性もあります。
事故が起きた時間帯はわかりませんが、もし夜間帯なら一人の看護師が30人近くを見る状況だったとしても不思議ではありません。
昼間でも一人で15人程度見ているかもしれませんね。
一人で15人の予測不可能な行動をする患者さんを観察・看護するなんて曲芸みたいなもんですよ…
転倒の危険性は予測できたとしても、行動自体の予測ができず、人員配置も不十分となると、そりゃ事故は起きて当然ですよ…起こしてはいけないんですけど…

安易な抑制・拘束・隔離はできない

転倒を防止するために抑制や拘束、隔離などの措置を行う事も考えられますが、これらは身体機能をますます悪化させるばかりか、認知症症状を余計に悪化させてしまいます。
そのため、例えば点滴治療を行っているとか、経管栄養が必要だといった治療上の必要性が認められない限りは抑制等は行わないのが普通だと思います。
これでも病院はマシなんですけどね。治療上の必要という盾が使えるだけまだ…
介護施設になるとそもそも抑制や拘束は介護保険法により「行ってはいけない」ため、例え暴れようが何しようがケアでなんとかせざるを得ないのです…

なお、精神科病院では、精神保健福祉法に則って、精神症状に応じて、隔離や拘束を行う事はできます。
しかし、安静を保つ必要がある場合や、自傷他害の恐れがある場合に限られ、「認知症で転倒の恐れがある」程度では隔離や拘束は行えないでしょう。
もしそんな程度で隔離や拘束が行えるのなら、ほとんどの高齢者を隔離・拘束することになりますよ…

私の職場での対応

先述したとおり、私の勤務する病棟でも転倒事故はたびたび起きています。
事故が起きる度に対応を見直していますが、見直した対応の上を行く事故が起きてしまうのが現状です。

現在行っている主な対応としては

  • 転倒リスクの高い患者はナースステーションに近い病室に集め、観察しやすくする
  • 転落防止マット(転落しても怪我しにくいマット)を敷く
  • 離床センサーを使用する
  • 極めてリスクの高い患者の場合は、ベッドを使用せず、個室にマットを敷き詰めて対応する
  • 理解力はある場合は、動く前にナースコールを押すように伝える ※認知症ではない場合
  • 医師に状況を伝え、内服薬の見直しを行ってもらう

などがあります。
大腿骨頸部骨折した事例では、浮腫や内服による影響もあったため、それらの治療を行いました。
その結果、転倒リスクが減り、骨折の治療が終了後は転倒することなく過ごせています。

確かに入院中の事故は病院の責任になると思うけど…

もちろん、入院中に起きた事故は病院の監督責任を問われる事例だと思います。
常時見守りを行い、患者が行動を起こすときは常にそばにいて、転倒する前に手を出して支えれば、きっと全身麻痺にはならなかったでしょう。

…でもそれが可能でしょうか?

先ほども言いましたが、精神科病院では夜は一人で30人、昼でも15人の患者さんを見なきゃいけないことだってあるんですよ。
そんな状況で常時見守りとか曲芸ですよ、ほんと…
患者一人に看護師一人とかならできるかもしれませんけど、仮に看護師一人で患者二人でも常時見守りはほぼ不可能です。
そんな状態で、転倒による後遺症で毎回多額の賠償を命じられていては高齢者医療や高齢者介護は成り立ちません。
仮に、転倒やその他の事故を起こすなと言うので貼れば、金銭的・人的に今の最低でも2倍以上、できれば看護師一人で患者一人だけ見ればいいぐらいの体制を取らないと事故を防ぐことは無理です。
…無理でしょ?
高齢者がどんどん増えているのに、それ以外の人がみんな看護師やったって足りませんよ。
海外から看護師を入れるって言ったって、人数的に限界ありますよ。

今後、日本はますます高齢化が進行します。
今一度、国民全てが、高齢者医療・介護をどうしていくのか考えなければならない段階に来ているのではないでしょうか。

個人的にはもっと子育て世代への支援を手厚くして、高齢者に対する支援はある程度切り捨てていかないと国が持たないと考えていますが、高齢者が有権者の多数を占めている状況では難しい所ですね。